■内覧会
戦後(せんご)とは戦争の終結後の短期または長期的な期間をさす言葉・概念。戦争では多くの破壊や社会システムの大変革が行なわれるため戦争が終結した後は社会体制などが新しく作り直され、価値観まで変化する。このため、大きな戦争を一つの時代の区切りとして戦前・戦中・戦後という区分をする。「戦後」はしばしば、戦争による混乱を抜けきっていない時代という意味合いを持つ。しかし、終わりを設けず現在までを含めることもある。
「戦後」が指す戦争
「戦後」という言葉の意味は、経験してきた戦争や紛争によって国ごと異なる。
多くの国で、第二次世界大戦後のことを指す。日本、ヨーロッパ諸国など、第二次世界大戦で戦場となったり大規模な空爆を受けたりなどして大きな影響を受けた国で顕著である。これらの国の中には第二次世界大戦後に、湾岸戦争など自国を戦場としない比較的小規模な戦争を経験している国も多いが、それらの国でも、文脈上明らかな場合を除き、第二次世界大戦後を意味することが多い。
アメリカでは日常的に戦前・戦後と言う言葉を使用していない。これはアメリカが第二次世界大戦後もベトナム戦争を始め多くの戦争に関与しており、“戦前・戦後”ではそれがどの戦争を指す言葉か分からないからである。
もちろんいずれの国でも、
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特定の戦争について論じていることが文脈上明らかなときなどは、その戦争の後の時代を指す。
第二次世界大戦後
日本での戦後の位置づけ
現在の日本では"戦後"とは、第二次世界大戦(太平洋戦争)以降のことを指す。但し"戦後"の時期については明確な定義はなく、太平洋戦争を挟み、戦前・戦後と区別するという長期的な定義や"戦後"とは一度焼野原になった日本が再び国際社会の一員となり、「もはや戦後ではない」[1]といわれた1956年までの激動の期間を"戦後"と定義する意見も存在する。
日本において戦前(太平洋戦争以前)と戦後では社会システムが大きく変化したため、他の国よりも戦後という言葉のもつ意味合いは大きい。また日本は第二次世界大戦戦争以後、大規模な国際紛争・戦争に巻き込まれていないため、「戦後」=第二次世界大戦後から現在というイメージが固定化されている。
また"戦後"のはじまりについてもポツダム宣言を受託し、日本が敗れたとする日本人としての精神的な日(1945年8月15日)を戦後のはじまりとする意見、1951年9月8日のサンフランシスコ講和条約までは、停戦(占領)期間であり、文書を調印し、独立国家としての主権が回復し歩みだした以降を"戦後"とする意見も存在する[2]。
今日では特に日本人にとって精神的に大きな影響を与えた8月15日以降を"戦後"のはじまりとし、太平洋戦争を挟み戦前・戦後として区分し、認識されている場合が多い。
"戦後"という言語・概念は
明治維新以来の日本人・日本にとって大変大きな変革を及ぼした。太平洋戦争での国を思う気持ちを忘れずに国民主権・平和主義を謳う日本国憲法(一部GHQの影響のもと)を新たに制定した。"戦後"、日本は西側陣営の民主主義国家の一員として国際社会に復帰、高度経済成長を経て世界第2位の経済大国となった。冷戦終結以後は仮想敵国が消滅、国際社会の価値観が転換し、分裂化する中、再び"戦後"という概念は日本の針路に大きな影響を及ぼしてきているとし様々な論争が行われている。
第二次世界大戦後の日本の年表
1945年
8月15日正午(日本時間。グリニッジ標準時午前3時) ポツダム宣言受諾を声明。この時から日本人の意識としての「戦後」が始まる
9月2日 降伏文書調印
1946年
1月1日昭和天皇の人間宣言
11月3日、日本国憲法公布
1947年5月3日 日本国憲法施行
1950年 朝鮮戦争
1951年9月8日 サンフランシスコ講和条約、日米安全保障条約調印。この時に新制国家日本としての本当の「戦後」が始まった。
1954年
3月1日 ビキニ環礁で水爆実験、第五福竜丸の乗組員が被曝する
7月1日 自衛隊設立
1955年11月15日 自由党と民主党が合併し自由民主党、右派と左派が合併した日本社会党が設立(55年体制)
1956年
10月16日 日ソ共同宣言調印
12月18日 国際連合加盟
『経済白書』で「もはや戦後ではない」という言葉が使われる
1960年6月19日 日米安全保障条約改定
1964年
10月1日 東海道新幹線開通
10月10日〜10月24日 東京オリンピック開催
1965年6月22日 日韓基本条約を結ぶ
1966年 日本の総人口が1億人を突破。いざなぎ景気
1970年3月14日〜9月13日 日本万国博覧会開催
1972年
2月3日〜2月13日 札幌オリンピック開催
5月15日 沖縄返還
9月29日 日中共同声明調印
1973年 第一次オイルショック
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1976年 ロッキード事件
1978年8月12日 日中平和友好条約調印
1979年 第二次オイルショック
1982年11月27日 中曽根康弘が「戦後政治の総決算」を掲げ第72代内閣総理大臣に就任
1985年
4月1日 日本電信電話公社・日本専売公社が民営化、日本電信電話(NTT)・日本たばこ産業(JT)の発足
9月22日 プラザ合意
1987年
2月22日 ルーブル合意
4月1日 JRグループの発足
この年からバブル景気(平成景気)が始まる
1988年 リクルート事件
1989年1月7日 昭和天皇崩御。平成始まる(1月8日)
1991年6月5日〜9月11日 初の自衛隊海外派遣(海上自衛隊のペルシャ湾派遣)
1993年8月9日 細川内閣成立により55年体制崩壊
1995年
1月17日 阪神・淡路大震災発生
3月20日 地下鉄サリン事件発生
8月15日 戦後50周年の終戦記念日にあたっての村山首相談話
1998年2月7日〜2月22日 長野オリンピック開催
2002年5月31日〜6月30日 サッカーワールドカップを韓国と日本が共催
2005年 戦後60年。日本の総人口の減少が始まる
2006年9月26日 安倍晋三が「戦後レジームからの脱却」を公約に掲げ、第90代内閣総理大臣に就任。初の戦後生まれの総理大臣となる
2007年
1月9日 防衛庁が防衛省に移行
5月14日 日本国憲法の改正手続に関する法律成立(5月18日公布)
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その他の戦後
日本
日本でも、第二次世界大戦で被害が少なかった地域の中にはそれより以前に当該地域が見舞われた大規模な戦いを基準として「戦後」という表現を用いるケースがある。そうは言うものの、今日のように多くの人々が「戦後」=第二次世界大戦後というイメージが固定化されている状況のもとでは、外部の人々あるいは地域内の若い世代の人々からは違和感をもって受け止められる場合が多いという。
京都
太平洋戦争ではほとんど戦災による焼失を受けなかった京都では応仁の乱や蛤御門の変の後を指す場合がある。これは、なによりも京都がきわめて歴史の古い町である事をいい表す用法である。
会津地方
福島県の特に会津若松市周辺においては戊辰戦争の後を指す場合があり、特に年配者を中心にこの言葉を聴く例が多い。これは当時の戦後処理の際、西南諸藩から一方的に朝敵の名を付された会津藩が斗南藩への転封を含め、懲罰的に数々の過酷な経験を負わされたとされる事に端を発していると思われる。
スイス
スイスで「戦後」は一般的に1815年以降のことを指す。1815年のウィーン会議においてスイスは国家としての「永世中立国」が認められからである。第一次世界大戦と第二次世界大戦でも武装中立を維持し積極的に戦争には加わらなかったため、他のヨーロッパ諸国とは違い1815年からの「戦後」は続いた。
その他
韓国・北朝鮮 ? 朝鮮戦争後(1953年〜)
ベトナム ? ベトナム戦争後(1975年〜)
旧ユーゴスラビア連邦諸国 ? ユーゴスラビア紛争後(およそ1995年〜)
関連項目
戦前
戦中
終戦
連合国軍占領期の日本
脚注
^ 経済上の指標からの定義で、高度成長が始まった時期。経済企画庁編纂、年次経済報告、1956年(昭和31年)7月
^ 正式な降伏日は1952年4月28日のサンフランシスコ平和条約で、一般的に終戦記念日とされている8月15日は日本軍と連合国軍側の停戦日であって、それまでは戦争期間として連合国軍の占領下におかれ監視されていたとされる。[1]